東京弁護士会「勧告」


2004年東弁人第47号
2004年6月7日


東京都教育委員会 委員長 清 水  司 殿

前 田  哲  殿(東京都教育委員会教育庁総務部教育政策室企画担当課長
            元 教育庁学務部高等学校教育課都立高校改革推進担当課長)


                                         東京弁護士会
                                         会長  岩 井 重 一


              勧 告 書

当会は、平成14年第4号人権侵害救済申立事件(申立人 定時制を守る生徒の会)について調査した結果、下記の通り勧告いたします。


          勧  告  の  趣  旨

平成14年10月3日、東京都教育委員会教育庁学務部高等学校教育課都立高校改革推進担当前田哲課長(当時)が、申立人の会の構成員である定時制高校在校生及び卒業生らに対し、「私立なら、退学処分になる」と発言した事実に関し、

1 東京都教育委員会は、上記発言が申立人の会の構成員らに対する人権侵害であることを認め、今後は子どもに保障された表現の自由及び意見表明権を尊重し、二度と同様の行為を繰り返さないために、貴委員会の職員に対して指導・研修を徹底して行うこと。

2 元東京都教育委員会教育庁学務部高等学校教育課都立高校改革推進担当課長前田哲は、上記発言が申立人の会の構成員らに対する人権侵害であることを認め、今後は子どもに保障された表現の自由及び意見表明権を尊重し、二度と同様の行為を繰り返さないこと。


          勧  告  の  理  由

1 東京都教育委員会(以下「貴委員会」といいます)は、平成6年以降都立定時制高校の統廃合を進め(これに対して東京弁護士会は再検討するよう平成10年に勧告しました)、さらに平成9年に都立高校改革推進計画を策定して、第1次、第2次と定時制高校の統廃合を推進し、今回は第3次ともいうべき「新配置計画」の案を平成14年6月に発表しました。

2 夜間定時制高校は、自宅から通いやすく、少人数で深みのある話が出来る雰囲気があること等から、それまでは不登校等により学校に行きたくても行けなかった子どもたちにとって、「通い続けることができる学校」として重要な役割・機能を果たしていることは公知の事実であり、当会の平成10年の勧告書もこの認識を前提にしています。

 これに対して、新配置計画は、多数の夜間定時制を廃止して新たなタイプとして昼夜間独立定時制(全日制とは併設しない)を設ける、という重大な変化をもたらすものと認められます。

3 「新配置計画」案の発表をきっかけとして「定時制を守る生徒の会」が結成され、貴委員会(教育庁)に面談を求めたところ、元貴委員会教育庁学務部高等学校教育課都立高校改革推進担当前田哲課長(以下「貴職」といいます)は、代表者を含む在校生との面談を拒否し、卒業生のみと「在校生が教育委員会に意見を表明するためのルール作り」のための話合いである、との限定のもとに面談しました。

 そして面談の席において貴職は、統廃合への疑問や批判の発言に対しては「マイノリティにすぎない」として封じつつ、「ルール」の内容として「在校生が教育委員会に意見を表明するのは、校長同席の場合に限る」との見解を一方的に卒業生に説得し、これに納得しない在校生について「入学にあたり、校長の管理下でその指導に従うことを同意しているのに、信用できない・従えないから直接都教委に意見をいう、ということであれば、私立なら退学処分になる」と発言しました。

これを直接聞いた卒業生も、また報告を受けた在校生らも、「今回の面談が原因で本当に退学させられるのではないかとの不安を抱いた」と述べています。

4 子どもも憲法第21条1項表現の自由の権利主体であることは言うまでもなく、また子どもの権利条約第12条意見表明権・同第13条表現の自由は、子どもに関わるあらゆる事項について、子どもが意見を表明する権利を認めているものです。特に今回の問題が子どもの高校教育の機会確保に関するものであって、教育を受ける権利(憲法第26条1項)に深く関わる重要性を有することからすると、これを所管する教育委員会の担当者に対して意見表明をしたい、と考えるのは当然の事態であり、「在校生とは校長同席でなければ会わない」との姿勢は、これ自体が表現の自由及び意見表明権を理解しないものと言わざるを得ません。

 なお子どもの権利条約は、18才未満の子どもを対象としており、定時制高校の在校生の中には、満18歳以上の者も含まれていますが、これらの者に関しても、前記の憲法上の権利が保障されていることはもちろん、学校教育を受ける権利に関わる重要な事項であることに照らして、子どもの権利条約における意見表明権等の趣旨を踏まえることが必要です。

 また、個々の在校生ではなく会として面談を求めた点についても、特に今回の問題が多数の高校や在校生に関わるものである以上、意見表明の方法として当然に認められるべきであると考えられます。

5 しかるに貴職は、上記「在校生が教育委員会に意見を表明するのは、校長同席の場合に限る」との見解を確定不動の「ルール」として(従って「ルールを決めるための話合い」ではなく)説得しただけであり、これに納得できない卒業生に「私立ならば退学処分になる」と発言しました。

しかも貴職の直接の面談相手は卒業生ですが、1階に待機している在校生に知らしめるべく発言されたことは明らかであり、教育委員会(教育庁)の幹部である貴職は、校長以上に強い立場にある、と理解されるのが通常ですから、社会的な立場の強弱も歴然としております。

このような状況下での貴職の発言は、「統廃合計画について都教委に直接意見を表明することは、本来であれば退学処分になる」という趣旨に理解されるものであり、少なくとも申立人らがそのような趣旨に理解したのは無理もないと思われます。

6 以上を考え合わせれば、貴職と面談した夜間定時制高校卒業生及び同卒業生を通じて本件発言を聞いた在校生ら申立人の会の構成員が、着職の本件発言を、自分たちの意見表明を封ずるための恫喝であると捉えたことは当然であり、貴職はむしろそのような目的を持って発言したのではないかとさえ考えられます。仮にそのような目的がなかったとしても、恫喝と捉えられても仕方がない発言であることは否定できません。

7 又上記発言は、貴委員会の担当課長によるものであり、貴職の個人的見解ばかりでなく、貴委員会における子どもの表現の自由及び意見表明権に関する認識及び方針に依拠するものと認められます。

8 当会は、以上の理由により、貴職の本件「私立なら退学処分」の発言について、申立人らの表現の自由及び意見表明権に対する侵害であると認定し、貴委員会及び貴職がこれを認め、今後は子どもの表現の自由及び意見表明権を尊重し、二度と同様の行為を繰り返さないよう勧告します。

以上


 参考資料目次に戻る

 トップページに戻る